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広島高等裁判所松江支部 昭和51年(う)73号 判決

控訴人 被告人 検察官

被告人 金萬導

弁護人 原定夫

検察官 高橋雅夫

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

理由

弁護人原定夫および検察官の控訴の趣意は記録編綴の各控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

一、弁護人の事実誤認の趣意について。(略)

二、検察官の控訴趣意について。

所論は、要するに、原判決は、本件公訴事実中詐欺の点について被告人が国鉄岡山駅において、無賃乗車しようと企て、名古屋駅まで乗車する意図のもとに入場券を改札係に呈示して岡山駅ホームに入り、大阪駅行列車に乗車して姫路駅まで至つた事実を認めながら、欺罔行為および処分行為があつたとはいえないことを理由に無罪としたが、被告人の入場券呈示行為は欺罔行為と認めるべきであり、かつ改札係の入場許諾行為はそれ自体、あるいは列車乗務員の輸送行為と共に、処分行為と認めるべきであるから、被告人の右行為は詐欺利得罪に該当するものであつて、この点において原判決には事実を誤認し、ひいては法令の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。

そこで検討するに、記録によれば、本件詐欺の公訴事実に相当する外形的事実及び被告人が無賃乗車の意図のもとに岡山駅乗降場に入場した事実を認めることができる。すなわち、被告人は、原判示第六ないし第八の事実により起訴、勾留されていたところ、健康上の理由で昭和四九年三月一日勾留の執行が停止され、松江日赤病院に入院したが、同月一七日同病院を出奔して各地を転々とし、昭和五一年一月二一日夜岡山市に着いたときには所持金が僅か八二円になつたので、以前働いたことのある名古屋まで無賃乗車することを企て、翌二二日午前二時頃岡山市駅元町一番地の三八国鉄岡山駅で入場券一枚を買い求め、同日午前四時一〇分頃同駅において改札係景山哲夫に対して右意図を秘し、右入場券を呈示して同駅乗降場に入場し、同日午前四時一九分同駅発新大阪駅行第二〇四列車急行阿蘇号に乗車し、途中検札に会つて姫路駅で下車させられたため名古屋まで乗車する所期の目的は達しなかつたが、姫路駅までの乗車賃九四〇円相当の輸送の利益を受けたことが明らかである。

刑法二四六条二項の詐欺利得罪が成立するには、他人を欺罔して錯誤に陥れ、その結果自己または第三者が財産上の利益を得ることのみでは足りず、その欺罔行為による錯誤に基づいて被欺罔者をしてなんらかの処分行為をなさしめることが必要であることはいうまでもない。

本件において、被告人は当初から名古屋駅まで無賃乗車して運賃の支払をしない意思であるにもかかわらずその意図を秘し、単に乗降場に入場するのみであるように装つて改札係員に入場券を呈示したものであるところ、右入場券呈示行為は改札係員に対し入場料金を支払つたことおよび乗車することなく乗降場を出る意思であることを告知したものというべきであるから、被告人は後者の点において欺罔的な行為をなしたものということができ、また、被告人が岡山駅から姫路駅までの正当な運賃を支払うことなく前記列車に乗車してその間の乗車賃相当の輸送の利益を得たことは明らかである。しかしながら、前記被告人の入場券呈示行為が詐欺利得罪の欺罔行為に該当するというには、改札係員ないし改札係員および前記列車の乗務員において、被告人の入場券呈示行為による錯誤に基づく財産的処分行為があつたということ(さらにさかのぼつては、被告人の欺罔的行為がそのような処分行為をなさしめるような性質のものであつたということ)ができなければならないので、この点につき以下判断する。

まず、所論は、改札係員の入場許諾行為がそれ自体処分行為に該当すると主張し、その論拠として、「乗車中あるいは下車の際に運賃の精算をすることも可能であり、一般の常識もそのような方法による運賃の支払を特に不当、異常とは考えていないから、改札係員としても入場券による入場者が列車に乗車することを予期しており、少なくとも潜在的にはその欲する区間の乗車を許容したことになるといつてよい。そして改札係員が乗降場に入場させた以上、乗客か入場客かを区別することはできず、入場客の列車への乗車を阻止する機構にもなつていないので、不正乗車の意図ある被告人に改札口を通過させた改札係員の行為は、社会的にみて輸送機関の利用という財産上の利益を与える行為である。」というのであるが、運賃が後払いされることが一般に特に異常なものと考えられておらず、改札係員がある程度このことを予期していて、国鉄が入場客の列車への乗車を阻止する設備を特に置いていないことは所論指摘のとおりであるけれども、右のような事情は、むしろ、国鉄が運賃の徴収を確保するため、改札係員に対しては専ら利用者が乗車することを含め乗降場に入るべき資格を有するか否かについて審査せしめているにすぎないことを示すものというべきであり、改札係員の入場を許容する行為が乗客ないし入場券による入場客に対し、その欲する区間の乗車を許容するとか、あるいはどの区間を乗車するとかしないとかを確かめその是非を決するような性質のものであるとは考えることができない(そのうえ、昭和三三年日本国有鉄道公示第三二五号旅客営業規則二九六条二項によれば入場券所有者は列車等に立入ることができない旨定められているのである。)。たまたま改札係員が入場券呈示者に乗車の意図のあることを知り得た場合に入場を拒否できることは、もとより右のように解するについて妨げとなるものではない。

見方を変えて言えば、被告人に不正入場を許容することによつて改札係員は被告人に入場券による正当な入場者と同一の地位を取得させたに過ぎないのであり、右のようにして入場した被告人が潜在的に輸送の利益を受ける可能性を有するということは被告人の主観的意図を別にしては格別の意味を有する事柄ではなく、そこに客観的に見て単なる入場自体による利益以上の利得が生じており、右入場許容行為がそのような利益を与える処分行為であるということはできない。なお改札口を通過して乗降場に入場すること自体が、入場券につき料金が定められていることから明らかなように、財産上の利益を得る行為であるということはできるけれども、本件においては被告人が輸送の利益を得たことが問題となつているのであつて、乗降場に入場した利益を得たということが問題となつているのではないから、この点を論拠に改札係員に処分行為があつたと考えることもできない。

以上のとおり、改札係員が被告人をして改札口を通過させた行為が、被告人に対して本件に関しなんらかの処分行為をしたものということはできない。

次に、所論は、被告人に対して処分行為をしたのは前記列車の乗務員であると主張し、「国鉄のような組織体においては、被欺罔者である改札係員のとつた処置により当然に他の職員から有償的役務の提供を受ける機構になつているから、被欺罔者と処分行為者が異なるときでも詐欺罪は成立する。」というけれども、前記のとおり詐欺罪が成立するためには、被欺罔者が錯誤によつてなんらかの財産的処分行為をすることを要するところ、本件においては前記列車の乗務員が、被告人から直接または改札係員を利用して間接に欺罔されて錯誤に陥つたというような事情は認められず、また処分行為者とされる乗務員が被欺罔者とされる改札係員の意思支配のもとに被告人を輸送したとも認められないのであるから、単に組織体の機構を理由として被欺罔者の錯誤に基づく処分行為がなされたとすることは相当ではない。すなわち、改札係員は前記のとおり利用者の入場の資格を審査するものであつて、さらに進んで入場券による入場者に対する乗車の許否に関し乗務員と個別的な意思連絡をとるわけではなく、また、処分行為者とされる列車乗務員が被告人を輸送したという行為を中心に考えると、被告人が入場券を呈示した欺罔的行為は、乗降場にやすやすと入場するための方便としての意味をもつにとどまり、輸送の利益を得るために乗務員に対して直接向けられたものではないから、顧客を装い、店員に対して「品物を見せてくれ。」と申し向け、物品の交付を受けた後、隙をみて逃走するような行為について詐欺罪の成立が否定される(窃盗罪に問擬すべきである。)のと同様に被欺罔者による処分行為があつたとはいえない。

以上の考察によれば、本件被告人の欺罔的行為は、その性質上、これに対応すべき被欺罔者の処分行為を欠くものであり、この点において被告人の所為は刑法二四六条二項の詐欺利得罪を構成しないものというべく、原審の審理経過に照らし検察官が鉄道営業法二九条違反として被告人の処罰を求める意思がないことは明らかであるから、右と同旨の判断のもとに被告人に無罪を言渡した原判決には所論の事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りはない。論旨は理由がない。

三、弁護人の量刑不当の趣意について。(略)

よつて刑訴法三九六条により本件各控訴をいずれも棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 干場義秋 裁判官 加茂紀久男 裁判官 前川鉄郎)

検察官高橋雅夫の控訴趣意

原判決は、

被告人は

第一昭和四八年三月九日午前二時ころ、窃盗の目的をもつて江津市大字郷田八七七番地一天地堂時計店こと本田一心方居宅に侵入しようと企て、同店舗表側出入口の二本引きガラス戸の間に所携の鋏を差し込み、内側より施してあるねじ込み錠をはずそうとしたが、そのころパトカーに発見されたためその目的を遂げなかつた

第二同日午前二時三〇分ころ、同市大字渡津九五四番地二和江光生方軒下に置いてあつた同人所有の原動機付自転車一台(時価一五、〇〇〇円相当)を窃取した

第三公安委員会の運転免許を受けないで、同日午前五時ころ、同市大字浅利地内道路において、前記原動機付自転車を運転した

第四公安委員会の運転免許を受けないで、昭和四八年一月九日午後一一時三〇分ころ、佐賀県神埼郡神埼町大字姉川地内道路において、自動二輪車を運転した

第五同年一月二四日、宮崎県日向市南町五番二号籾木和江方において、同人所有の現金六一、三一一円および指輪二個(時価合計三三、〇〇〇円相当)のほか安田貫治所有のカメラ一台(時価一〇、〇〇〇円相当)を窃取した

第六昭和四七年一一月二四日ころ、山口県阿武郡田万川町大字下田万一、三一五の四番地村上電業店こと村上定男方において、同人所有のテープコーダー二台(時価合計三八、七〇〇円相当)を窃取した

第七昭和四七年四月一八日ころ、竹原市竹原町本川一、五〇三番地一三写真業中村正務方において、同人所有の現金八、五〇〇円およびカメラ一台(時価六五、〇〇〇円相当)を窃取した

第八昭和四八年二月二〇日ころ、大田市大田町大田ハ一二八番地石橋文具店こと石橋清子方において、同人所有の現金一、五〇〇円及び萬年筆一七本(時価合計七一、〇〇〇円相当)を窃取した

第九無賃乗車しようと企て、昭和五一年一月二二日午前四時一〇分ころ、岡山市駅元町一番地の三八国鉄岡山駅において、改札係景山哲夫に対し、真実は名古屋駅まで乗車する意図であるのに、あたかも同駅ホームまで入場するように装い、入場券を呈示して同人をその旨誤信させ、よつて同駅午前四時一九分発大阪駅行第二〇四列車急行阿蘇号に乗車し、途中検札に会つて姫路駅で下車させられたため所期の目的は達しなかつたが、姫路駅までの乗車賃九四〇円相当の輸送の利益を得て財産上不法の利益を得た

第一〇韓国籍を有する外国人で、外国人登録証明書の交付を受けているものであるが、その確認を受けた日から三年を経過する昭和五〇年八月三〇日前三〇日以内に、その居住地福岡市博多区博多駅東一丁目一五番三号所轄の博多区長に対し、登録原票の記載が事実に合つているかどうかの確認を申請しなければならないのにこれを怠り、昭和五一年一月二二日までその申請をしないで、右規定の期間をこえて本邦に在留した

第一一昭和五〇年九月六日ころ、岐阜県中津川市小川町二の三四藤山仁方北側車庫に格納中の普通乗用自動車内から、同人所有のサツク入り眼鏡一個及び煙草一個(時価合計一万一三〇円相当)を窃取した

ものである。

との公訴事実中第一ないし第八及び第一〇、第一一の各事実はそのまま有罪と認定したが、第九の事実については「被告人が右公訴事実記載の日時、場所において、右記載の意図のもとに入場券を改札係に呈示して岡山駅ホームに入り、同記載の列車に無賃乗車して姫路駅まで至つた事実を認めることができるけれども、かかる事実関係のみでは刑法第二四六条第二項の詐欺利得罪の成立要件として必要と解される欺罔行為および処分行為があつたということができない。即ち被告人の入場券呈示行為は、それ自体において運賃後払いによる輸送の申込みと見ることが困難であるし、これに対して改札係員がとつた措置は、単に右入場券呈示行為が予定するとおり駅ホームへの入場を認容したに止まり、それ以上に如何なる列車への乗車をも容認したものではなく、被告人が得た利益に見合つた処分行為を右改札係員がなしたとは到底解し難い。また列車乗務員らが無断で列車に乗車した被告人を輸送した点についても、右乗務員の行為が被告人の入場券呈示に対しこれを容認して改札口を通過させたにすぎない改札係員の行為によつて直接に影響を受け、その意思によつて被告人を運送したものであるということもできないのであつて、右乗務員らについて何らかの処分行為があつたと考えることも困難である。従つて被告人の右行為をもつて鉄道営業法第二九条違反として問擬するならばともかく詐欺罪を構成するものとは言い難く、他に被告人の欺罔行為および国鉄職員による何らかの処分行為のあつたことの証明がない。」として無罪とし、検察官の懲役三年の求刑に対し、右有罪事実につき「被告人を懲役三年に処する、未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入する。押収してある事務用鋏一丁を没収する。押収してある万年筆一本を被害者石橋清子に還付する。」旨の判決を言渡した。

しかしながら、原審の右無罪判断は明らかに事実を誤認し、ひいては法律の解釈適用を誤つたもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから到底破棄を免れないものと思料する。以下その理由を述べる。

一 はじめに

原審が無罪とした事実は前記公訴事実記載のとおり、被告人は所持金がないところから、岡山駅から名古屋駅までの間いわゆる無賃乗車を決意し、国鉄岡山駅で入場券を買い求め、これを同駅改札係員景山哲夫に呈示し、改札を受けて同駅午前四時一九分発大阪行第二〇四列車急行阿蘇号に乗車し名古屋駅に向う途中、姫路駅で検札を受け無賃乗車が発覚した事犯であつて、右事実関係には争いがなく原判決も認めているところである。しかして幾多の学説の存在にもかかわらずこれが詐欺利得罪に該当することは後に引用するとおり大審院以来の判例であり、また今日の通説でもある。ところで、この種事犯が刑法第二四六条第二項の詐欺利得罪の構成要件に該当するか否かについて問題となるのは主として欺罔行為の内容、被欺罔者の処分行為の有無及び被欺罔者の処分行為と輸送利得との関係であり、これを本件についてみれば、被告人が改札係景山哲夫に対し、真実は名古屋駅まで乗車する意図であるのにあたかも岡山駅ホームまで入場するように装い、入場券を呈示して改札を受けたことが欺罔行為になるのか否か、右改札係員景山の処分行為は何か、及び被告人を現実に輸送した急行阿蘇号の乗務員等と景山の処分行為との関連性如何に帰結すると認められるので順次意見を開陳する。

二 被告人の欺罔行為の内容について

この点について原判決は「被告人の入場券呈示行為は、それ自体において運賃後払いによる輸送の申込みと見ることが困難であるので欺罔行為は存在しない」とのみ判示し、入場券呈示行為が欺罔行為に当らない理由については必ずしも明らかでないが、昭和三五年二月二二日東京高裁判決理由から推測し、これを不作為犯であるとの前提に立ち、不正乗車の意思のあることを改札係に申告する法律上の義務はないとしたものか、或いは刑法第二四六条第二項の詐欺利得罪にいう欺罔行為は被欺罔者が処分行為をするかしないかその決定の資料となる部分に錯誤を生ぜしめるようなものでなければならないところ、被告人が名古屋駅まで無賃乗車する意思を秘して岡山駅で入場券を呈示し改札を求めた所為の客観的意味は同駅ホームへの入場許諾に対し指向されたもので、それを越えて名古屋駅まで乗車の許諾処分に対し直接向けられた欺罔行為であるとすべきではないとしたものかいずれかであると解される。

しかしながら、前記昭和三五年三月二二日の東京高裁判決は、途中駅までの有効な乗車券を購入していた事実に関するもので事実関係が異り、かつ後記のとおり右判例も変更されているので、本件に引用するのは適切でないばかりでなく、そうして被告人の入場券呈示行為を不作為犯とみるのがそもそも誤りである。無銭飲食の意思をかくして酒、料理等を注文する行為と同様それは単純な事実の緘黙ではなくて積極的な作為による欺罔行為といわなければならないのである。(大正九年五月八日大審院判決刑録二六輯三四八頁、昭和四四年八月七日大阪高裁判決刑裁一巻八号七九五頁、団藤重光著注釈刑法補巻(1) 二五七頁以下、刑法判例研究II六六八頁以下、藤木英雄著刑法演習講座二六九頁以下、植松正著刑法概論II各論四二一頁以下)

つぎに、被告人の入場券呈示行為は、それが正規の入場券であつても名古屋駅までの不正乗車による利益を取得するための手段としてなされたもので権利の行使に仮託したものに過ぎずとうてい正当な権利の行使とはいえないのであるから、若しかりに景山改札係において被告人の内心の意思を知れば、偽造の乗車券或いは期限切れの定期券を呈示された場合と同様改札を拒むことは明らかであろう。改札係としては被告人に対し、単に運賃前払いを請求し得たに止まり、それから更に進んで被告人の入場を拒否する具体的な措置まではとり得ないとの前提で、被告人の入場券呈示行為の客観的意味を単に同駅ホームへの入場許諾を求めたものとするのは相当ではない。(前記昭和四四年八月七日大阪高裁判決、刑法判例研究II六六八頁以下)

三 景山改札係の財産的処分行為について

原判決は「改札係員がとつた措置は単に右入場券呈示行為が予定するとおりの駅ホームへの入場を認容したに止まり、それ以上に如何なる列車への乗車をも容認したものでなく、被告人が得た利益に見合つた処分行為を右改札係員がなしたとは到底解し難い」と判示しているが、改札口を通過すると自然的に列車に乗車できる仕組みとなつている現実に徴すれば、乗車駅の改札係の行為は外形上は単にホームへの入場を許容するものに過ぎないが、社会的にみれば列車への乗車、すなわち輸送機関の利用という財産上の利益を与える行為であることは明らかである。

すなわち、乗車中或いは下車の際に運賃の精算をすることも可能であり、一般の常識もそういう方法による運賃の支払いを特に不当又は異常なことと考えていないのであるから、改札係員としては、入場券を呈示した者が何らかの理由で列車に乗車するかも知れないことを十分に予期しており、少くとも潜在的には入場客の欲する区間の乗車を許容したことになるといつてよい。原判決が改札係員が改札口を通過させたことは入場券が予定する駅ホームの入場のみを認容したもので、それ以上如何なる列車の乗車をも容認したものではないと認定したのは明らかに不当といわなければならない。そうして改札係員がホームに入場させた以上国鉄のような同時に多数の乗客を取扱う場合においては、乗客か入場客かを区別することはできず、入場客が列車に乗車してもこれを阻止する機構にもなつていない。従つて不正乗車の意図のある被告人を通常の入場客と誤信して改札口を通過させたことは事実上不正乗車の機会を与えたことになり、結局誤信の結果被告人の不正乗車行為を容認したものと解すべきである。(前記昭和四四年八月七日大阪高裁判決 刑法判例研究II六六八頁以下)

四 阿蘇号乗務員等と景山改札係の処分行為との関連性について

原判決は「乗務員の行為が被告人の入場券呈示に対し、これを容認して改札口を通過させたに過ぎない改札係員の行為によつて、直接に影響を受けその意思によつて被告人を運送したものであるということもできない。」と判示しているが、国鉄のような組織体においては、組織体の一職員である被欺罔者のとつた処置により当然にその組織体の他の職員から有償的役務の提供を受ける機構になつているのであるから、被欺罔者と処分行為者が異るときでも詐欺罪は成立する(前記昭和四四年八月七日の大阪高裁判決)と解するのが相当であり、本件においては、被欺罔者は岡山駅の景山改札係員で、同人が被告人を駅ホームに入場させた行為により第二〇四列車急行阿蘇号の乗務員が被告人を岡山駅から姫路駅まで輸送する処分行為をなしたもので、それにより被告人が財産上の利益を得たといわなければならない。

五 結論

以上の如く、被告人の入場券呈示行為は単なるホームへの入場を求めたものではなく、岡山駅から名古屋駅までの無賃乗車のための手段としてなされたもので、積極的な欺罔行為であり、右欺罔行為により改札係員をして通常の入場客と誤信させた結果、同係員が改札口を通過させて大阪行列車急行阿蘇号に乗車させ、右列車の乗務員が被告人を姫路駅まで輸送するという処分行為をなし、右の処分行為により被告人が輸送の利益を受け、不法の利益を得たものというべきである。

従つて被告人の改札係員に対する欺罔行為は国鉄職員の右の処分行為に直接指向されたものであり、右処分行為は被告人の利得と直接因果関係があるから、詐欺利得罪にいう欺罔行為及び処分行為があつたというべきであるのにかかわらず、原判決は被告人及び改札係員等の所為について事実を誤認し、刑法第二四六条第二項の解釈適用を誤つた結果、本件を無罪としたものであるから破棄は免れないものと思料する。

なお本件訴因第一ないし第八及び第一〇、第一一と原審が無罪とした第九は併合罪として併合審理された関係上、一個の判決で処断されるべきものであるから、右全訴因に対する原判決を破棄のうえ更に適正なる裁判をされたく、本件控訴に及んだ次第である。

(弁護人原定夫の控訴趣意は省略する。)

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